Tomom Log

埼玉在住、30代女、派遣社員の私が日々の出来事を綴っています。

インド旅行記|レーの寺院で感じた異質な空気。

私は、世界の多くの若者がそうであるように、神様という存在を信じていない。不用意に、そして全く不当に苦しめられる善良な、悪意ない人々が存在するからだ。たとえどんなに祈りをささげていたとしても。そんな私が一瞬だけ、ほんの少しだけ、ここはこの世とは異なる神聖な場所なのかもしれない、と思った寺院がある。

 

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今から3年ほど前の2015年6月、私はインド北部のラダック州を旅していた。旅の同行者はネパールのカトマンズで知り合ったネパール人、Sangamだ。余談だが、ヒンドゥ教徒である彼の名前は「広大な川」を意味するらしい。ヒンドゥ教徒にとって川は特別だ。インドの母なる川、ガンジス川のように。

 

ヒンドゥ教徒であるSangamと無神論者である私が向かったのは、ラダック州の州都レーにあるチベット仏教の寺院のうちのひとつ、へミス寺院である。観光客が多く訪れるその寺院に我々が向かったのは、予定がぽっかり空いたからだ。

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へミス寺院の広場の一角をなす建物
 

レーの町から45キロほどの場所に位置するその寺院は、長方形の広場を複数の建物で囲む形を取っている。その中のひとつ、入り口から一番近い赤い柱と黄色い壁が目に鮮やかな建物を覗く。観光客も見学が可能だということで靴を脱いで入り口の柱をくぐった途端、ひんやりとした冷たい、しかし冷たいだけではない異質な空気が頬を撫でる。なんとも言葉では表しにくいのだが、これを厳かというのだろうか、外の空気とは全く異なっていた。そして薄暗い空間に降り注ぐ一筋の太陽の光。その光が映し出す五体投地で祈りをささげる人、目を閉じ、一心に祈りをささげる僧侶たち。この時の光景は、まるでシャッターを切ったかのように心に焼き付いている。

 

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厳かな空気が写真でも少しは伝わるだろうか・・・

 

へミス寺院はそもそも標高3500mくらいのところに位置しているのだから、空気がひんやりしているのは当然だ。

 

神聖な空気に呆然としている私にそう言い放ったのはSangamである。なんとも空気感を壊すこの言葉に反論することでさらに神聖な空気が壊れることは間違いないので、その言葉は無視し寺院の中を見学させてもらった。赤く塗られた木の柱を組み合わせて立てられている寺院は、日本にある寺院を思わせる。しかしながら、日本にはないその色使い、赤い柱や黄色い壁、黄金のブッダやカラフルに輪廻転生を描いた壁画が、自分が遠くインドの辺境にいることを自覚させる。

 

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黄金のブッダ

 

この後、へミス寺院だけでなく、レーにある複数のチベット仏教の寺院僧院を訪れたが、このような不思議な感覚を味わったのはここだけだった。標高、天候、その時の体調、その場にいた人々、そういったものが全て合わさり私の心に触れた瞬間だったのか、それとも宗教というもののなせる力なのか、はたまた人ならざるものの存在なのか、今の私には明言できることではないようだ。

 

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